衿川・九老・私たちの町の記憶
衿川区・九老区の昔の写真100枚
バスが通った大通り、夕方に帰った路地。あまりに日常で、記録写真になるとは思わなかった風景。百枚の写真をたどり、覚えている町へゆっくり歩いていきます。
最初の路地へ1960年代 · 土の道の先にも家がありました
低い軒と畑の脇の道。昔の都市の姿の中に、家を建て、町をつくっていた人々の居場所を見ます。
瓦屋根の家に集う人々
1960年代の始興洞で、瓦屋根の家の前に人々が集まっています。帽子をかぶった大人たちは道端で身をかがめ、そばには子どもたちが立っています。低い塀と家の前の空間が大通りに直接接し、住宅と道路の位置関係が分かります。
街路樹のある始興洞の道
1960年代の始興洞で、街路樹のある道に低い家々が並んでいます。道端には溝と穴の開いたブロックが見え、木の下では人々が身をかがめています。舗装された車道と家の前の土の間に排水路があり、当時の道沿いの生活環境を伝えています。
畑の小道を行く人々
1960年代の始興洞の畑の間を、細い土の道が通っています。大人たちは道端で身をかがめ、子どもたちは道の中央に立っています。作物が育つ畑と人が行き来する道が接し、農地と日常の移動空間が近かった町の姿を示しています。
低い屋根と土の道
1960年代の始興洞で、低い家々の前に未舗装の道が続いています。道の片側には土や砂が積まれ、屋根の上には電柱と電線が見えます。家の出入口と資材が同じ道に面し、住宅周辺のまだ整備されていない環境が分かります。
工場の門と煙突
1960年代の始興電気工場の正門です。鉄の門の奥には横に長い工場があり、屋根の上に高い煙突が伸びています。塀と門が外の道と作業場を分け、低い建物と煙突の対比が工場の規模を伝えています。
新しい家の間の土の道
1961年、九老地区の公営簡易住宅の建設現場です。似た形の小さな家が土の道の両側に並び、玄関や道端には土や資材が残っています。複数の住宅をまとめて建設する様子と、まだ整えられていない進入路が一望できます。
軒が並ぶ家々
1961年、建設中の九老地区公営簡易住宅を近くから見た写真です。同じ高さの屋根の下に小さな扉と窓が繰り返し並び、家の前には工事資材が置かれています。一戸の大きさや入口の間隔から、当時供給されていた住まいの形を知ることができます。
九老洞の仮設住宅
1963年の九老洞住宅視察の記録に写る仮設住宅です。丸い屋根が壁まで続く小さな家が並び、入口の横には小窓があります。家の間の道には舗装も明確な歩道の区分もなく、住宅の形と周辺設備の状況が分かります。
始興洞の家々と子どもたち
1967年、始興2洞の水害被災者の定着村で撮影された写真です。ブロック造りの家の前の土の上に子どもたちが立ち、斜面には低い屋根が密集しています。空き地や通路が家々と近接し、子どもたちの居場所と住宅地の密度を一緒に見ることができます。
広がってゆく始興洞の道
1968年、始興洞の道路工事現場に広い土の道が延びています。両側に低い商店が並び、道には歩く人と自転車が見えます。車道と歩道がはっきり分かれていない場所で、工事と町の日常の移動が重なっています。
1970年代 · 仕事場のそばで育った町
工場が建ち、橋が架かり、路地の舗装が始まります。大きく変わる風景の中にも、一日一日の暮らしがありました。
禿山洞の市場に集まる人々
1971年、禿山洞の中央卸売市場・家禽食肉部永登浦分場の開場行事です。建物の前に花輪が並び、帽子やスーツ姿の人々が壇上を見ています。壇や花輪、集まった参加者の姿が、流通施設の開場を祝う行事の形式を伝えています。
地下道へ向かうバス
1974年、九老地下車道の開通記録に残る道路の様子です。バスと乗用車が並んで入口へ向かい、両側にはコンクリートの壁と街灯が続きます。低くなる道路の構造と車両の大きさから、新しい通行空間の規模が分かります。
工業団地の街角
1974年、九老工業団地の消防出張所開所式で撮影された通りです。スーツ姿や制服姿の人々が建物の前を歩き、背後には大きな会社の看板が見えます。消防施設の開所行事と事業所の建物が同じ画面に収まり、工業地域の街並みを伝えています。
新道林洞の路地の一日
1975年、新道林洞の裏路地の舗装起工式に人々が集まっています。住宅の間に横断幕が掛かり、韓服や帽子を身に着けた人々が道に並んでいます。家の前の路地そのものが会場となり、生活道路の整備が町の中で行われる様子を示しています。
高尺洞の家々と山裾
1975年、高尺地区の再開発現場として記録された住宅地です。瓦屋根と低い塀の間に土の道があり、背後には木の少ない山裾が見えます。電柱や家々の配置をたどると、丘の近くに形成された住宅地の姿が分かります。
高尺橋と川
1975年、拡幅工事が完成した当時の高尺橋です。長い欄干に沿って車が通り、下には橋脚と川底が見えます。車が走る橋の上部と水路が同時に写り、川を横断する交通施設の構造を伝えています。
空から見た九老工業団地
1976年、上空から見た九老工業団地です。広い屋根の工場が直線的な道路に沿って建ち、その間には構内の広場や空き地が残っています。個々の建物よりも道路と区画の配置がよく分かり、事業所が集まる工業団地の構成を読み取れます。
鉄山橋が架かる前
1976年、鉄山橋の起工当時の工事現場です。高い建設機械の周囲に車両や人が見え、地面には長い部材が置かれています。完成した橋ではなく、機械や資材が並ぶ敷地から橋の建設が始まる段階を知ることができます。
堤防脇の村
1978年、高尺橋付近の堤防工事現場を広く写した写真です。川の周りには土を掘り積み上げた跡が残り、その向こうに橋や建物が見えます。川沿いの土地を整える現場と、周囲の住宅地が同じ画面に収まっています。
始興洞の広場に集う人々
1979年、始興洞のソウル特別市婦女福祉館の開館行事です。各階に窓が並ぶ建物の前に人々が集まり、赤や青などさまざまな色の服が目に入ります。正面の横断幕と前庭の人波が、福祉施設の出発を記録しています。
1980年代 · 同じ路地で、ともに
幼児園の前の子どもたち、一緒に道を片づける近所の人々。建物の間に残る人の姿から、町の温かさを感じます。
新庁舎の玄関
1980年、九老区総合庁舎の竣工式が行われた玄関前です。竣工を知らせる横断幕の下に演台が置かれ、奥には広い階段とガラスの出入口が見えます。建物の入口を会場として使い、庁舎の正面構造と当時の式典の形式を伝えています。
寄宿舎の前に集まる人々
1981年、始興洞の婦女福祉館寄宿舎の開館式です。似た丈のスカートをはいた人々が前庭に列をつくり、後方にも参加者が続いています。各階に並ぶ窓と広い庭が、集団で暮らす施設の規模を伝えています。
丘の上の建物の窓
1981年の開館記録に残る、始興洞の婦女福祉館寄宿舎です。斜面に沿って階が配置され、屋外階段と長い手すりが各階をつないでいます。山裾に建つ建物の出入りの経路と、部屋が繰り返し並ぶ構造を観察できます。
幼児園の前の子どもたち
1982年、九老3洞セマウル幼児園の開園当時の様子です。低い建物の上に万国旗や横断幕が掛かり、入口の周囲には大人と子どもが立っています。塀や出入口のすぐ前に町の道が続き、保育施設と住宅地の日常空間が接していることが分かります。
工業団地の街角の子どもたち
1984年、九老工業団地周辺の路地を写した写真です。赤レンガの建物と高い塀に沿って人々が歩き、角の電柱のそばには子どもたちが集まっています。独立した歩道が目立たず、人々が使っていた路地の幅や形が分かります。
昔の九老工団駅ホーム
1984年の九老工団駅のホームです。曲がった線路に沿ってホームが続き、高い屋根の下には照明や案内板が並んでつり下がっています。屋根の採光窓から光が入る構造が、列車を待つ空間や駅構内の移動経路を伝えています。
町の読書室
1987年の九老5洞読書室の建物です。正面に読書室の縦看板が掛かり、窓の下には低い柵と入口が見えます。ぬれた道路と街路樹に接する小さな建物から、町に設けられた学習空間の位置と規模が分かります。
水害のあと、道を掃く人々
1987年、九老区の水害復旧作業です。帽子をかぶった人々が長いほうきで手すりの横の路面を掃き、背後には低い商店が並んでいます。人が通る道に残ったものを取り除く姿が、水害後の道路の片づけを伝えています。
路地の復旧作業
1987年、九老区の狭い路地で行われた水害復旧作業です。何人もの人が身をかがめて長いほうきで地面を掃き、両側には塀や家が迫っています。大通りだけでなく、家に入る小さな通路にも片づけが必要だった現場です。
力を合わせて片づける道
1987年、水害復旧中の九老区の通りです。人々が歩道と車道の端を掃き、その横には荷物を積んだ大きな手押し車が置かれています。横断歩道の標識と高架構造物がある道路で、通行空間を整える作業が行われています。
水害を受けた家々
1987年、九老区の水害地域視察の記録に残る住宅地です。崩れた壁や屋根の破片、家から出された物が土の道の横に積まれ、人々がその間を行き来しています。壊れた住宅と通路の残骸が、水害による生活空間への影響を具体的に示しています。
店先に集まる人々
1987年、九老区の水害地域視察の際に店の前に人々が集まった様子です。看板のある低い建物の前を人波が埋め、背後の坂道まで人が続いています。視察に集まった人々と狭い店先が写り、当時の現場の混み合う様子を伝えています。
水害に遭った人を支える近所の人々
1987年、九老区の婦女会による水害被災者支援を記録した写真です。建物前のテントには九老区医師会診療班の案内が掛かり、白衣姿の人や傘を差した人が見えます。支援の現場に仮設の診療スペースが設けられていたことが分かります。
集まりの向こうに見える町
1987年、始興・新亭洞間道路の起工式に人々が集まっています。会場にテントが立ち、子どもからスーツ姿の大人までさまざまな参加者がいます。背後の斜面の低い家々や電線も写り、道路工事が始まる周辺の町の様子を伝えています。
土山のそばの子どもたち
1987年、始興・新亭洞間道路の起工式会場の片隅に子どもたちが集まっています。明るい色の上着やベストを着て、土の山に座ったりそばに立ったりし、背後には大人たちが見えます。会場の端の土の山が、子どもたちの居場所になった場面です。
九老3洞・南部アパートの遊び場
1988年5月、九老3洞の南部アパートの遊び場です。土の地面にシーソーと滑り台が置かれ、シーソーの上には子どもが一人立っています。アパートの窓やバルコニーが遊び場に直接面し、住まいと遊ぶ場所が近い団地の配置を示しています。
開通当時の西部幹線道路
1988年、西部幹線道路の開通当時の様子です。新しい車線の引かれた道路に開通を知らせる大きな構造物が立ち、中央には芝生の分離帯が続いています。車がほとんど見えない広い道から、開通時期の道路施設の姿が分かります。
新しい道に沿う花々
1988年、西部幹線道路の開通記録に残る道沿いの風景です。白いガードレールの外側に黄色や赤い花が植えられ、車道には鮮明な車線と街灯が続きます。新しい道路とともに整えられた花壇から、交通施設周辺の植栽も観察できます。
九老の商店街での視察
1989年、ソウル市長の九老区視察時に撮影された通りです。前列にスーツ姿の人々が並び、その後ろには参加者や商店の看板が重なって見えます。視察の一行を中心とした写真ですが、建物の窓や広告も当時の商店街の姿を伝えています。
区民会館と広場
1989年、九老区民会館の開館当時の全景です。大きな建物の前に人々が集まり、広場の端には乗用車やバスが停まっています。行事の飾りが掛かった建物と周辺道路が、公共施設の規模と出入りの空間を伝えています。
1990年代 · このバス、この看板、この道
見覚えのある車や店の名前が現れます。過ぎた時間を実感させるのは、意外に小さなものです。
江西中学校の入学式後、初めての教室
1994年3月、江西中学校の入学式後の教室です。制服姿の生徒たちが木の机に向かって座り、カーテン越しの光が室内を照らしています。黒板や掲示物、列になった机から、当時の教室の配置と生徒の服装を知ることができます。
梧柳洞駅近くの京仁路
1995年、梧柳洞駅周辺の京仁路を高い場所から眺めた写真です。バスや乗用車が行き交う道の横に低い商店の屋上が広がり、その向こうに高い建物がそびえています。幹線道路に沿って高さの異なる建物が並ぶ街路の構成が分かります。
高尺洞の低い家々
1995年、高尺洞の住宅地の全景です。低い家が密集する区域の手前に曲がった道路と緑地があり、遠くには高い建物が見えます。大通りから住宅地に続く道をたどると、家と道路が地形に合わせて配置された様子が分かります。
梧柳洞駅近くの大通り
1995年、梧柳洞駅周辺の広い交差点です。バスや乗用車、トラックが複数の方向に進み、道の両側には看板のある商店が建っています。広い車道と角の建物が、駅周辺に交通が集中する様子を伝えています。
車と看板の並ぶ京仁路
1995年、梧柳洞駅周辺の京仁路を遠くまで見渡した写真です。複数の車線にバスや乗用車が続き、両側の建物には縦看板が密に掛かっています。車の流れと店の分布から、交通と商業が同じ大通りに集まる様子を読み取れます。
南部循環路沿いの店々
1995年の南部循環路と道沿いの建物です。中央の道路は周囲の土地より低く、両側には商店や住宅、道路沿いの手すりが続いています。通過する車の道と建物前の生活空間が、高低差によって分かれています。
工具商店街の前の車たち
1995年、九老機械工具商街前の道路です。建物の各階に工具や機械の看板が並び、入口の周囲には乗用車やワゴン車が停まっています。一つの建物に多くの店が集まる構造と、車が出入りする前面の空間を一緒に見ることができます。
新道林洞を望む歩道橋
1995年、歩道橋から新道林洞方向を見た写真です。金属の手すりの模様と影が通路に沿って続き、向こうには低い建物と高層アパートが見えます。車道とは異なる高さで町をつなぐ、歩行者のための空間を示しています。
工具商店街の路地
1995年、九老機械工具商街の内側の通路です。両側の店先にドラム缶や資材が置かれ、狭い道には車が停まっています。商品を並べる場所と車の通路が接し、工具商街の運搬環境を伝えています。
九老駅と百貨店の周辺
1995年、九老駅と愛敬百貨店の周辺を眺めた写真です。手前にはガソリンスタンドの屋根が大きく写り、その奥にバスが走る道路や駅周辺の建物が見えます。鉄道駅と大型商業施設、自動車関連施設が近接する街路の構成を示しています。
高架鉄道の下の道林川
1995年、高架鉄道の下を流れる道林川です。水路に沿ってコンクリートの護岸があり、その横に太い橋脚が並んでいます。低い場所を流れる川と高い場所を走る列車が、同じ都市空間で重なる構造を示しています。
昔の九老駅交差点
1995年、九老駅周辺の交差点を見下ろした写真です。バスや乗用車が広い交差点を通り、角の建物には大きな広告や店の看板が付いています。給油所の標識や歩行空間も写り、人と車が集まる駅周辺の構成が分かります。
京仁路を走る昔のバス
1995年、新道林洞方向の京仁路です。大きな窓が並ぶ市内バスの横を乗用車が走り、街路樹の後ろには各階の商店の看板が見えます。バスが走る端の車線と建物前の歩道が写り、公共交通と商店の位置関係を読み取れます。
加里峰駅の昔の駅舎
1996年の加里峰駅の旧駅舎です。駅名を掲げた建物に外階段が続き、その下には車や小さなブースがあります。高い位置にある入口が、駅前からホームへ向かう経路を示しています。加里峰駅は2005年7月に加山デジタル団地駅へ改称されました。
九老3洞の学校と家々
1996年、九老3洞一帯を高い場所から見下ろした写真です。低い住宅や校舎の間に比較的高い建物が立ち、その下の空いた場所には車が停まっています。屋上や路地、学校の敷地が同時に見え、住宅地にさまざまな用途の空間が混在していることが分かります。
新道林駅へ続く道と鉄道
1996年、新道林駅方向へ続く道路です。右側には高架鉄道と橋脚が並び、手前に広い横断歩道があります。線路と車道、建物前の歩道が並び、異なる移動手段が同じ方向へ続く様子を示しています。
工業団地の交差点のオートバイ
1996年、九老工業団地の第2団地交差点付近です。箱を積んだオートバイやトラックが交差点を通り、背後に工場と密集した電線が見えます。荷物を運ぶ車両の姿から、工業地域の道で物品輸送と日常の通行が重なる様子を読み取れます。
第2工業団地脇の線路
1996年、九老工業団地の第2団地交差点付近を通る京釜線です。複数の線路が遠くまで延び、横の道路には車両や工事機械が並んでいます。柵を挟んで鉄道と道路が平行に続き、工場周辺の交通施設の配置が分かります。
昔の駅のそばの工場
1996年、九老工団駅周辺の工場と道路です。駅につながる屋根付き階段の前に歩行者が見え、道路の向こうには低く広い工場の屋根が並んでいます。駅の出入口と歩道、事業所の距離から、鉄道と職場が近接する環境を観察できます。
工場の庭
1996年、九老工業団地第2団地の工場敷地です。低く長い建物が庭を囲み、前にはトラックや乗用車が停まっています。広い屋根の下の作業空間と、車を停める屋外空間の配置を示しています。
ソウルの境のヘテ像
1996年、始興大路のソウル境界に立つヘテ像です。台座には韓国語と英語で歓迎の言葉が書かれ、横に複数車線の道路が続きます。道沿いの象徴的な像と挨拶の文字が、都市へ入る道の境界を示しています。
始興大路の街路樹
1996年、始興大路の広い車道を眺めた写真です。手前を街路樹の葉が覆い、道の両側には低い商店と高い建物が混在しています。車線と街路樹の列から、当時の幹線道路の幅や周辺の建物の配置が分かります。
始興大路を埋める車たち
1996年、始興大路を遠くまで見渡した写真です。複数の車線に乗用車とバスが続き、路面にはバス専用車線を示す文字が見えます。同じ道路の中にバスの通行空間を区切る表示があり、当時の車両の構成も確認できます。
江西中学校の卒業式
1997年2月、江西中学校の卒業式の日の校庭です。制服を着て花束を持つ二人の生徒がカメラを向き、後ろにも人々が集まっています。校舎の横に建設中の高層建物が見え、卒業式とともに当時の学校周辺の変化を記録しています。
文一高校の校庭に座る生徒たち
1998年、文一高校の校内で撮影された写真です。制服姿の生徒たちが花壇の縁に並んで座り、後ろには木や校訓の石碑、校舎が見えます。運動靴や座り方、小さな休憩場所から、教室の外での学校生活を知ることができます。
家々の間の細い路地
1999年、九老洞の狭い住宅地の路地です。赤レンガの壁と小さな出入口が道に迫り、頭上には電線が続いています。建物の影が通路の多くを覆い、家の間隔や路地の幅をうかがわせます。
工場とマンションが並ぶ風景
1999年、九老工業団地一帯の全景です。手前には広い屋根の低い工場があり、後方には高層アパートが並んでいます。工業施設と大規模な住宅が近くにあり、職場と住まいが共存していた地域の構成が分かります。
再開発前の屋根たち
1999年、九老洞の再開発地域を高い場所から眺めた写真です。手前に低い屋根が密集し、その後ろにアパートの列や建設中の高い建物が見えます。規模の違う住宅が近くに立ち並んでいた、当時の都市の風景です。
薬局と町の店
1999年、九老洞の住宅地の路地にある商店です。薬局や飲食店、電気関連店の看板が近接し、店先には車が一台停まっています。狭い路地にさまざまな業種が集まり、家の近くで利用できた生活施設の姿を伝えています。
碧山マンションが建つ場所
1999年7月、始興洞の碧山アパート第5・第6団地の工事現場です。段状に削られた山の斜面に覆いや工事施設が置かれ、その縁に道路が続いています。建物が完成する前の地形から、斜面に住宅団地を造成する過程を知ることができます。
2000年代 · 変わる通りにも暮らしは続いて
高くなった建物のそばに古い店が残っています。昨日のように感じる写真の中でも、町は少しずつ変わっていました。
宮洞の学校と家々
2000年、宮洞の学校と周囲の街並みです。校舎の手前には赤レンガの住宅や低い店が集まり、道沿いに小さな車が停まっています。学校と住宅、商店が近接する町の構成を、高い視点から示しています。
宮洞の学校前の横断歩道
2000年、宮洞の学校前の道路です。横断歩道の横に信号機と黄色い公衆電話ボックスが立ち、学校の柵に沿って歩道が続いています。学校へ向かう歩行空間と、道沿いの公共設備を一緒に見ることができます。
工具店の店先に並ぶ品々
2000年、九老の工具商街の店先です。発電機や建設機械を扱う看板の下に機械が並び、隣の店には輪状の資材やホースが積まれています。店内から道端まで商品が続き、産業用資材の種類や陳列方法を具体的に伝えています。
低い塀の間の道
2000年、九老洞の住宅の間にある小さな通路です。ブロック塀と低い建物の間に一人が通れるほどの道が続き、壁には配管や室外機が付いています。屋外設備と出入りの道が、建物の狭い隙間に集まる住環境を示しています。
工具商店街の仕事の路地
2000年、九老の工具商街の内側の道です。両側の店に業種を記した縦看板が並び、入口の前に箱や工具、オートバイが置かれています。中央に通路を残し、両端に陳列や運搬の空間を設けた商街の構造が分かります。
禿山洞の市場の外
2000年、禿山洞の食肉市場の外側です。赤い日よけの下で店が開き、前には運搬用の台車や容器が置かれ、人々が道を行き来しています。店の作業空間が道路のそばまで続き、市場の販売や運搬の環境を伝えています。
店先で働く人々
2000年、九老の工具商街の道沿いの店です。店先の棚に機械や容器が並び、すぐ横にオートバイに座る人と立っている人々が見えます。商品棚と車両、人が狭い店先の空間を共有しています。
九老洞の路地で遊ぶ子どもたち
2000年、九老洞の住宅地の路地に子どもたちが集まっています。赤レンガの家の間に自転車や小さな物が置かれ、子どもたちは道の中央に立っています。出入口が向かい合う狭い道が、通路であると同時に子どもたちの居場所にもなっています。
宮洞の住宅街に積もる雪
2005年、宮洞の住宅地に雪が積もっています。道の両側に停まる車や木の枝が白く覆われ、中央には人が歩いた足跡が残っています。駐車と歩行を兼ねる住宅地の道の幅が、雪の上の跡から分かります。
九老本洞の屋上と小さな家々
2005年、九老本洞の低い家々を見下ろした写真です。平らな屋上に黄色い貯水槽が置かれ、その間に瓦屋根や階段が見えます。屋上設備と多様な屋根が、密集した住宅地の建築や生活基盤を伝えています。
高尺洞の曲がりくねった道
2005年、高尺2洞の住宅地を高い場所から眺めた写真です。赤や青の屋根の間を狭い道が曲がりながら続き、道端には車が並んでいます。地上からは見通しにくい路地のつながりや家々の配置が、広く見渡せます。
銀杏の木交差点の緑のバス
2005年、始興洞のイチョウの木交差点付近です。緑色の5520番バスが車の間にあり、頭上の標識には始興交差点や同一女子高校への方向が記されています。路線番号と方向標識が残り、当時の町の移動経路を具体的に知ることができます。
始興洞の交差点の店々
2005年、始興洞のイチョウの木交差点の商店です。角の建物に多くの看板が付き、その間に横断歩道や電線が続いています。歩道の人と車道の車が同時に写り、買い物と通行が交わる町の交差点の姿を示しています。
軍用地前の始興大路
2005年、禿山洞の軍施設前の始興大路です。複数の車線にバスや乗用車が並び、奥には木の多い広い敷地と低い建物が見えます。さらに遠くのアパートと比べると、この大きな敷地と周囲の住宅地の違いが分かります。
加山洞のファッション街
2008年、加山洞のマリオアウトレット前の交差点です。丸い外壁の商業建物の前に広い横断歩道があり、奥にはガラス張りの高い建物と低い建物が見えます。買い物施設と車の通行空間が接する、当時の街路の規模を示しています。
雪の積もる道林川
2008年、雪が積もった道林川です。流れる水の両側に白い河川敷が広がり、その上にアパートや橋が立っています。川底と堤防、住宅の高低差から、都市の中を流れる川の断面を読み取れます。
高尺洞の赤いれんが
2008年、高尺洞聖堂を坂の下から見上げた写真です。赤レンガの壁に小窓が並び、十字架のある塔が建物の上に伸びています。傾斜地と周囲の建物の間に位置する宗教施設の形や立地を示しています。
第2工業団地の入口
2008年、九老工業団地第2団地の入口の交差点です。大きなアーチ状の構造物が道路をまたぎ、手前には広い横断歩道と信号機が見えます。低い商店の間で目立つ入口の構造物が、複数の道が交わる場所の目印になっています。
加山を通る線路
2008年、加山デジタル団地駅周辺の線路と道路です。複数の線路の横にバスが走る道があり、両側にはガラス張りの高い建物が立っています。鉄道と道路に沿って大きな建物が集まり、交通の軸と建物の規模を一緒に見ることができます。
工具商店街の角
2008年、九老機械工具商街の角です。赤レンガの建物の各店に看板が付き、前には巻いたホースや容器、さまざまな資材が積まれています。建物の角に沿う陳列から、商街の業種や道端の使い方が分かります。
九老本洞の重なる屋根
2008年、九老本洞の住宅地を広く写した写真です。手前には低い家と数階建ての建物が密集し、後方には高層アパートが長く並んでいます。屋根の高さと建物の間隔を比べると、規模の異なる住宅地が接している様子が分かります。
九老のネクタイマラソン
2008年、ジャンプ九老の行事で開かれたネクタイマラソンです。ゼッケンを付けた参加者がスタート地点の門の下から走り出し、道の両側には観客が立っています。ネクタイと運動着を組み合わせた姿が目を引き、普段は車が通る道が走る会場に使われています。
始興流通商街の小さな店
2009年、始興流通商街の店先の作業空間です。入口に円形の金属資材が置かれ、片側にはフォークリフトと物を持ち上げる構造物があります。販売場所のすぐ前で重い品物を扱う、商街の運搬環境を示しています。
銀杏の木交差点を渡るオートバイ
2009年、始興洞のイチョウの木交差点をオートバイが通ります。後部には大きな箱が積まれ、向かいの建物には多くの店の看板が付いています。荷物を運ぶ小さな乗り物と乗用車が同じ交差点を使う、町の日常の場面です。
衿川区庁の前を歩く人々
2009年、衿川区庁の前を写した写真です。ガラスの外壁と高い柱の下に広い歩行空間が開け、手前を人々が歩いています。噴水設備と出入口の配置から、行政施設の周囲に設けられた開放的な空間が分かります。
軍人住宅前の小道
2009年、禿山洞の軍人アパートの入口です。青い屋根の低い建物と門の後ろに棟番号のあるアパートが見え、道沿いに案内板や通行を制限する設備があります。住宅団地の内外を分ける塀と出入口の様子を示しています。
禿山洞の市場前の道
2009年、禿山洞の食肉市場前の道路です。精肉や内臓類の卸売市場の看板の下に陳列台が並び、その前を歩く人や手押し車を引く人が通ります。商品を並べた店と人が行き交う道が直接接する、市場の構造が分かります。
夕暮れの始興流通商街
2009年、始興流通商街一帯を高い場所から眺めた写真です。低く長い商業建物が平行に並び、外壁には棟番号が大きく記されています。低い角度の光が屋根の繰り返しを浮かび上がらせ、店舗を棟ごとに分けた流通団地の規模を示しています。
建物と荷物を運ぶ車
2009年、始興流通商街の建物前です。開いた店の入口に金属資材が置かれ、上階の窓の下にはエアコンの室外機が並んでいます。前庭のトラックと店の入口が写り、荷物を積み下ろしする場所の配置が分かります。
見慣れた建物の間の道
2009年、始興流通商街の建物の間の通路です。片側には立体駐車施設と車が見え、頭上には建物を結ぶ連絡通路が架かっています。店舗と駐車場、歩行者の連絡施設が狭い区域に集まる、商街の内部構造を観察できます。
写真と記録について
衿川・九老の街並みと日々の暮らしを写した写真100枚です。1960年代10枚、1970年代10枚、1980年代20枚、1990年代30枚、2000年代30枚で構成し、最も新しい撮影年は2009年です。
写真の説明は、撮影時期や場所の記録と、写っている服装・建物・道の様子をもとに、当時の生活環境を読み解きます。正確には分からない撮影時期や場所は、個々の写真に注記しています。
撮影時期は確認できた記録と写真の説明に基づきます。正確な年が不明な場合は年代を、推定した年は「年頃」と表示しています。当時の地名や行政区画は現在と異なる場合があります。西部幹線道路の2枚は正確な撮影地点が記録されておらず、個別の説明に明記しています。
色と構図を保ち、ウェブで閲覧できるようにしました。初期の写真の一部は、出典で公開されている小さな画像を使用しています。公開資料の詳しい出典と利用条件は、各写真の「出典」リンクから確認できます。